加用(読み)かよう

日本歴史地名大系 「加用」の解説

加用
かよう

[現在地名]津南町上郷宮野原 上加用・下加用

宮野原みやのはら村の枝村。小池こいけの南に続く。南はもも正保国絵図に高四二石余とみえる。天和三年(一六八三)検地帳(嶋田初枝氏蔵)では田三町六反余・畑三町二反余、屋敷持は一五人で、うち一人は宝光院。青苧畑は返目・宮下などに四反余。漆木が二八本ある。百ノ木は元禄七年(一六九四)の妻有組村名書上帳(福原氏蔵)によると、明暦二年(一六五六)に加用の百姓が開発。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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