加藤明友(読み)かとう あきとも

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤明友」の解説

加藤明友 かとう-あきとも

1621-1684* 江戸時代前期の大名
元和(げんな)7年9月生まれ。加藤明成(あきなり)の長男。父が陸奥(むつ)会津(あいづ)藩40万石を幕府返上,隠居したため,寛永20年石見(いわみ)(島根県)吉永藩主(1万石)となる。天和(てんな)2年1万石を加増され,近江(おうみ)(滋賀県)水口(みなくち)藩主加藤家第1次初代。天和3年12月7日死去。63歳。通称は孫三郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の加藤明友の言及

【水口[町]】より

…以後,水口城には年番制により5000石から2万石の旗本・大名がほぼ1年半ごとに在番した。しかし82年(天和2)石見(いわみ)国吉永の領主加藤明友が甲賀郡と大和国の一部2万石で入封,水口藩を立藩し,城番制は廃止された。藩主は95年(元禄8)鳥居氏に代わったが,1712年(正徳2)再度加藤氏が入城,2万5000石を領し,9代つづき幕末に至った。…

※「加藤明友」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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