加藤鹿洲(読み)かとう ろくしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤鹿洲」の解説

加藤鹿洲 かとう-ろくしゅう

1765-1830 江戸時代後期の儒者
明和2年生まれ。山本北山にまなび,のち皆川淇園(きえん)に師事長崎で塾をひらく。寛政2年(1790)肥前大村藩(長崎県)藩校五教館の初代学頭にまねかれた。のち山奉行,郡(こおり)奉行をへて用人(ようにん)にすすんだ。文政13年9月17日死去。66歳。出羽秋田出身。名は守徳。字(あざな)は魯蔵。通称は左司馬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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