加賀美氏館跡(読み)かがみしやかたあと

日本歴史地名大系 「加賀美氏館跡」の解説

加賀美氏館跡
かがみしやかたあと

[現在地名]若草町加賀美

加賀美集落の中央にある法善ほうぜん寺の境内地が、甲斐源氏の加賀美遠光の館跡と伝えられる。遠光は一二世紀に常陸国武田たけだ郷から甲斐国市河いちかわ庄に配流され、甲斐国に土着した甲斐源氏の祖源義清の子清光の三男で、加々美庄のうち加賀美に拠って、加賀美二郎とも称した(尊卑分脈)。遠光は嫡男光朝を秋山あきやま(現甲西町)、次男長清を小笠原おがさはら(現櫛形町)、三男光行を南部なんぶ(現南部町)、四男光経(「尊卑分脈」では五男経光・加賀美四郎)於曾おぞ(現塩山市)などに配し、西郡に大きな勢力を誇った(甲斐国志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む