加須河原野新田(読み)かすがわらのしんでん

日本歴史地名大系 「加須河原野新田」の解説

加須河原野新田
かすがわらのしんでん

[現在地名]池田町粕(かす)ヶ原(はら)

沓井(くつい)村の南東にあり、北西は脛長(はぎなが)村(現揖斐川町)。元文二年(一七三七)に開墾着手、延享二年(一七四五)に検地を受けた新田村。慶長二年(一五九七)の池田野山年貢割帳(阿子田文書)に「八石かす川原野御年貢」とあるように、開発前は沓井村・田中(たなか)村など七ヵ村の入会秣場であった。元文二年美濃預代官の野田甚五兵衛が当地と池田野(いけだの)を新田に取立て、加納(かのう)宿(現岐阜市)町人の吉文字屋・和泉屋・塩屋を願主とし開発を進めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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