加須谷村(読み)がずだにむら

日本歴史地名大系 「加須谷村」の解説

加須谷村
がずだにむら

[現在地名]板野町松谷(まつだに)

那東(なとう)村の北西にあり、北は阿讃(あさん)山脈、東は犬伏(いぬぶし)村。東部を松谷川が南へ流れる。元禄―正徳期(一六八八―一七一六)に郡東村から分村したとされ、天保一二年(一八四一)に松谷村と改められたとされる(郡村誌)。天和二年(一六八二)の富田藩領地方帳に「賀須谷」とみえ、高二一石余、請五ツ八分三厘、物成一二石余、内麦一石余、老若人数一〇とある。文化一〇年(一八一三)の高都帳では高八九石余。「阿波志」では土田は下等、陸田一〇分の四・水田一〇分の六、反別八町九反余、家数七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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