勘定塚古墳(読み)かんじようづかこふん

日本歴史地名大系 「勘定塚古墳」の解説

勘定塚古墳
かんじようづかこふん

[現在地名]上野市外山 綾の森

高旗たかはた山から東に延びる丘陵端部の南麓、標高一六二メートルにある。墳丘大半は破壊され、石室の一部と封土を一部残すのみで規模・形態は不明。残存石室は南に開口する巨石を用いた横穴式石室の玄室部分で、高さ約二メートル、幅は奈良県明日香あすか村の石舞台と同じ約三・六メートルを測り、伊賀の現存横穴式石室中、最大規模の玄室幅をもつ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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