日本歴史地名大系 「勝光寺跡」の解説 勝光寺跡しようこうじあと 大分県:大野郡大野町木原村勝光寺跡[現在地名]大野町藤北県道今市(いまいち)―大野線沿いの字勝光寺にある。通称木原(こわら)の勝光寺。貞応二年(一二二三)一一月に没した大友能直は大野庄藤北(ふじきた)に葬られ、その嗣子親秀は能直屋敷跡に寺を建立、勝光寺と名付けたという(豊後国志)。能直の法号は大友家過去帳(志賀四郎文書)に「松光寺殿豊州能蓮大禅定門」とあるから、その墓所が当寺に営まれた可能性は高く、延応二年(一二四〇)四月六日、能直後家尼深妙から九郎入道(豊前能基)へ譲られた大野庄下(しも)村のうちにあった故豊前前司(大友能直)墓堂にあたると考えられる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by