勝応寺(読み)しようおうじ

日本歴史地名大系 「勝応寺」の解説

勝応寺
しようおうじ

[現在地名]下関市宮田町一丁目

紅石べにいし山の西麓にある。黄檗宗で仏国山と号し、本尊釈迦牟尼仏

寺伝によれば、貞応元年(一二二二)に創建され貞応じようおう寺と号したというが、宗派開山開基ともに不明。その後廃寺となっていたが、豊浦三郡の宰主粟屋越後守元久が毛利輝元に願い出て天正年中(一五七三―九二)に筑紫国聖福しようふく(現福岡県福岡市)の竜呑を招いて中興開山として再興し勝応寺と改称隠元の来朝後黄檗宗に改宗したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む