勝楽村(読み)かつらくむら

日本歴史地名大系 「勝楽村」の解説

勝楽村
かつらくむら

[現在地名]角館岩瀬いわせ 勝楽

南をたま川が流れ、東は大威徳おおいとく(一八〇メートル)の西斜面までが村域。西は小館こだて村、北は角館かくだて町に接する。六郷ろくごうと角館を結ぶ街道が通じ、正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に玉川渡河は舟渡しとある。

天正一八年(一五九〇)の出羽国仙北之内北浦郡御検地目録帳(戸沢文書)に、かつらく村一千六三三石余とあるが、これは数ヵ村を含んだ広い地域と思われる。元和六年(一六二〇)新城下の建設に伴い、村域の大部分は町屋敷となり、村民は現在地に新田を開き移転したと推定できる(角館誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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