勝野村(読み)かつのむら

日本歴史地名大系 「勝野村」の解説

勝野村
かつのむら

[現在地名]小竹町勝野

遠賀(おんが)川の中流左岸に位置し、北は新山崎(しんやまさき)村、東は嘉麻(かま)郡口原(くちのはら)村(現頴田町)、西は新多(にいだ)村。長崎街道が遠賀川沿いに縦断する。「続風土記」は枝郷として草場(くさば)村・小竹村をあげるが、うち小竹では長崎街道沿いに町場が形成され、同所の龍徳屋原田家は参勤諸大名の休憩所となった(小竹町史)。中世の勝野郷の遺称地。江戸時代は福岡藩領であったが、元和九年(一六二三)から延宝五年(一六七七)、および元禄元年(一六八八)から享保五年(一七二〇)までは東蓮寺藩(直方藩)領であった。小早川時代の指出前之帳では枝郷の新田(にいだ)(新多)を含む勝野村の田七六町七反余(分米六八九石余)・畠二二町一反余(分大豆一〇五石余)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む