勾当原村(読み)こうとうがはらむら

日本歴史地名大系 「勾当原村」の解説

勾当原村
こうとうがはらむら

[現在地名]武生市勾当原町

吉野瀬よしのせ川上流にあって西街道に沿う。村名は、新田義貞の妻勾当内侍が、夫の戦死後当地に足をとどめたので名付けられたという伝説がある。中世山干飯やまかれい保の地。寛正六年(一四六五)六月二一日付の馬借定書(西野家文書)に村名がみえ、西街道の運輸に従事した山内やまのうち馬借の村であった。慶長三年(一五九八)九月の越前府中郡在々高目録に村高二一二・九五九石、先高一四七石余・出分六五石余とあり、馬借米三・三三三石を別納している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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