勾金庄(読み)まがりかねのしよう

日本歴史地名大系 「勾金庄」の解説

勾金庄
まがりかねのしよう

現香春町南部、飯岳(いいだけ)山西麓の御祓(みそぎ)川流域一帯に比定される宇佐宮領庄園。宇佐宮の御供・御油を貢納する根本庄園の本御庄一八ヵ所の一つ(宇佐大鏡)。康平六年(一〇六三)七月日の国符(同書)に、当庄の四至は「東限大坂山 南限路 西限香春田堺 北限本庄」とあり、東境の大坂(おおさか)山は飯岳山である。南境の路は田河駅より分岐して大坂山南麓を経て豊前国府(現豊津町)へ通ずる官道の豊前路と推測される。西境の香春の田は現香春付近の金辺(きべ)川流域の水田地帯。北境の本庄は不明であるが、当庄よりも北方の金辺川上流域の鏡山(かがみやま)や採銅所(さいどうしよ)が加納地として庄園化し、本庄とよばれたと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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