日本歴史地名大系 「北坂梨村」の解説
北坂梨村
きたさかなしむら
[現在地名]一の宮町北坂梨
阿蘇谷の東部に位置し、集落は阿蘇外輪山麓に立地する。東は
寛正三年(一四六二)の書写になる建武三年(一三三六)三月一一日の阿蘇社領郷村注文写(阿蘇家文書)には権大宮司が郷沙汰人である東郷中の小郷として「一所三十町今ハ二十五町 北坂梨郷」とみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
阿蘇谷の東部に位置し、集落は阿蘇外輪山麓に立地する。東は
寛正三年(一四六二)の書写になる建武三年(一三三六)三月一一日の阿蘇社領郷村注文写(阿蘇家文書)には権大宮司が郷沙汰人である東郷中の小郷として「一所三十町今ハ二十五町 北坂梨郷」とみえる。
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