北大小路町(読み)きたおおしようじちよう

日本歴史地名大系 「北大小路町」の解説

北大小路町
きたおおしようじちよう

[現在地名]堺市熊野くまのひがし一―四丁

湯屋ゆや町の東にあり、大小路に南面する片側町。西は東六間ひがしろつけん筋から東は大道東九筋目にあたる金物町かなものちよう筋まで東西に細長い町並を形成。「天王寺屋会記」によると、永禄七年(一五六四)二月二一日、助五郎(津田宗及)が町振舞と称して当町内の町衆を招いた。同書には南側住民九人とともに「北カハ西ヨリ」として宗好(高石屋)・四郎左衛門・道閑(樋口屋)・宗兵衛・宗和(淡路屋)・蔵人・紹有(竹蔵屋)・源兵衛・紹可(油屋)・了雲(天王寺屋)・道叱(同上)・道叟(笠原)宗閑(天王寺屋)・道翁(森川)・道巴・宗達・助五・真野(町代)をあげており、町内の住民構成の一端が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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