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津田宗及 つだ そうぎゅう

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美術人名辞典の解説

津田宗及

安土・桃山時代の豪商・茶人。堺生。通称は隼人・助五郎、号は天信・幽更斎。父宗達から武野紹鴎流の茶道を学び、信長・秀吉の茶頭となる。秀吉の北野大茶会では利久とその後見役を果たし、今井宗久と共に三宗匠と称された。天正19年(1591)歿。

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デジタル大辞泉の解説

つだ‐そうきゅう〔‐ソウキフ〕【津田宗及】

[?~1591]安土桃山時代の豪商・茶人。の人。三十六人会合衆(えごうしゅう)の一人、天王寺屋津田宗達の子。号、幽更斎。茶を武野紹鴎(たけのじょうおう)に学び、千利休今井宗久とともに三宗匠と称された。「津田宗及茶湯日記」がある。

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百科事典マイペディアの解説

津田宗及【つだそうきゅう】

安土桃山時代の茶人。堺の会合衆天王寺屋の総領。津田宗達〔1504-1566〕の子。通称助五郎。号は天信,幽更斎。織田信長豊臣秀吉に仕え,北野大茶湯では千利休今井宗久らと指導役をつとめた。
→関連項目武野紹鴎

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津田宗及 つだ-そうぎゅう

?-1591 織豊時代の茶人。
津田宗達の長男。堺(さかい)の豪商。織田信長,豊臣秀吉に茶頭(さどう)としてつかえる。天正(てんしょう)15年北野大茶湯では亭主をつとめ,千利休,今井宗久とともに三宗匠とよばれた。天正19年4月20日死去。通称は助五郎。号は更幽斎。道号は天信。屋号は天王寺屋。茶会記に「津田宗及日記(天王寺屋会記)」。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

津田宗及

没年:天正19.4.20(1591.6.10)
生年:生年不詳
安土桃山時代の堺の豪商,茶人。津田宗達の子。天王寺屋,通称助五郎,宗及,天信また更幽斎と称す。天文4(1535)年『念仏差帳日記』にある材木町の天王寺屋助五郎は,宗及と推定されている。畿内の武将や本願寺坊官の下間氏などと関係が深かったが,入洛した織田信長と結びついて活躍し,所領の管理,年貢などの販売,物資の調達など,広く畿内から九州におよぶ商活動を行ったと考えられる政商であった。今井宗久と共に3000石を領したといわれ,宗久は天正11(1583)年に摂津2200石の知行状が残るが,宗及は山城宇治で182石分がわかるのみである。もちろん茶人として聞こえ,堺で六十余人の弟子がいたと伝え(『長闇堂記』),宗久,千利休と共に信長の茶頭となり,天正2年4月の相国寺の茶会では,利休と共に正倉院の蘭奢待を与えられた。本能寺の変の際は,堺で徳川家康を供応していたが,その後,豊臣秀吉の茶頭となり,大徳寺北野の大茶会に重要な役割を果たし,九州出兵や関東攻めに同道した。永禄8(1565)年~天正15年の茶会記を残し,堺・南宗寺に墓がある。<参考文献>永島福太郎「『天王寺屋会記』解題」(『茶道古典全集』7,8巻)

(脇田修)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

つだそうきゅう【津田宗及】

?‐1591(天正19)
安土桃山時代の茶人。当時は〈そうぎゅう〉と呼ばれたらしい。千利休,今井宗久とともに天下三宗匠と称せられた。堺の会合衆(えごうしゆう)天王寺屋の惣領。父宗達の代に三好氏,本願寺に通じ,宗及に至って家業は発展した。しかし財閥特権商人としては今井宗久に圧せられ,茶匠としては千利休に一歩を譲る。初め隼人を称し,のち助五郎と名のるが,1566年(永禄9)より宗及と改称。更幽斎,天信と号す。また本願寺の門徒として法眼の称も得ている。

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大辞林 第三版の解説

つだそうきゅう【津田宗及】

?~1591) 安土桃山時代の豪商・茶人。堺の人。道号、天信・更幽斎。屋号は天王寺屋。宗達の子。信長・秀吉の茶頭となり、千利休・今井宗久と共に三宗匠と称された。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

津田宗及
つだそうきゅう

[生]?
[没]天正19(1591).4.20. /文禄1(1592).8.9. 堺
安土桃山時代の茶人。堺派。通称は助五郎。号は天信,幽更斎。堺の豪商津田宗達の嫡子で武術,生花,聞香,歌道に秀でた。茶人として織田信長,豊臣秀吉に仕え,天正 15 (1587) 年の北野大茶会では千利休,今井宗久らとともに亭主をつとめた。

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