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町衆 まちしゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

町衆
まちしゅう

室町時代,従来の公家武家,僧侶とは異なる商工業者や下級の公家,武家などの組織的集団。京都などにおいて室町衆,三条町衆など町名を冠した地域的自治組織をもって活動した。江戸時代における町人先駆をなすものであり,当時の下剋上の風潮を反映し,社会的,経済的な面にとどまらず,文化・芸能方面においても新しい活動を活発に展開した。

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デジタル大辞泉の解説

ちょう‐しゅ〔チヤウ‐〕【町衆】

町内の人たち。まちしゅう。
「―は不請の袴、肩衣を着て」〈浮・一代女・三〉
江戸時代、町年寄などの町役人。まちしゅう。

ちょう‐しゅう〔チヤウ‐〕【町衆】

中世後期の京都で、町組をつくって自治的生活を営む商工業者を主とした人々。祇園(ぎおん)祭を行ったほか、能・茶など庶民文化の担い手となった。まちしゅう。

まち‐しゅう【町衆】

町の住民。町内の人々。
ちょうしゅう(町衆)

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百科事典マイペディアの解説

町衆【ちょうしゅう】

町衆(まちしゅう)

町衆【まちしゅう】

室町・戦国時代,町単位に集団的自治生活を営んだ都市居住民。特に京都の町衆は有名。土倉(どそう)・酒屋などの商工業者が中心で,民衆芸能のにない手としても,独特の庶民文化を生んだ。
→関連項目安土宗論上京・下京土倉西陣焼

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世界大百科事典 第2版の解説

まちしゅう【町衆】

林屋辰三郎が1950年に〈町衆の成立〉と題する論文で使用した歴史概念。林屋説によると,応仁・文明の乱後,京都住民の日常生活の前面に出てきた地域共同体を〈(まち)〉といい,〈まち〉は〈街路を挟む二つの頰(つら)〉を指し,そこで生活する住民を〈町衆(まちしゆう)〉という。林屋の町衆概念の要点は,(1)町衆は応仁・文明の乱後に成立してくる生活共同体である〈町〉の構成員であり,(2)〈町〉は〈街路を挟む二つの頰〉であること,(3)応仁・文明の乱後の史料に〈町衆〉の用語が頻出してくること,(4)町衆は自己の責任で自己の〈町〉を防衛すること,(5)町衆の中核は酒屋,土倉などの高利貸業者であり,(6)酒屋,土倉などの上層町衆は京都近郊農民を収奪し,土一揆と対立し,(7)〈町〉の連合組織である〈町組〉が結成され,その指導的位置を上層町衆が占める,などである。

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大辞林 第三版の解説

まちしゅう【町衆】

〔「まちしゅ」 「ちょうしゅう」とも〕
室町時代、京都などの都市で自治的な共同体を組織・運営した人々。酒屋・土倉をはじめとする商工・金融業者のほか、その地域に居住する公家や武家の被官も含まれていた。中世後期の民衆文化の担い手の中心となった。
近世、村の衆しゆうなどに対し、都市の住民をさす。

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世界大百科事典内の町衆の言及

【町】より

…これは南北朝の内乱以降に京都に出現し,応仁の乱の廃墟の中からあまねく成立する。この町(ちよう)共同体は中世自治都市の堺,平野,堅田などにも成立し,その構成員は一般の都市民という意味の町衆(まちしゆう)と異なり,町衆(ちようしゆう)と呼ばれた。町(まち)【仲村 研】。…

【町衆】より

…林屋辰三郎が1950年に〈町衆の成立〉と題する論文で使用した歴史概念。林屋説によると,応仁・文明の乱後,京都住民の日常生活の前面に出てきた地域共同体を〈(まち)〉といい,〈まち〉は〈街路を挟む二つの頰(つら)〉を指し,そこで生活する住民を〈町衆(まちしゆう)〉という。…

※「町衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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