北天満町・中天満町(読み)きたてんまちよう・なかてんまちよう

日本歴史地名大系 「北天満町・中天満町」の解説

北天満町・中天満町
きたてんまちよう・なかてんまちよう

[現在地名]奈良市高畑たかばたけ

興福寺大乗院跡東方の天満山(西方院山)山腹にあり、北天満町東部に天満神社西部瑜珈ゆうが神社が鎮座。同社境内は小嵐山こあらしやまと伝える景勝地で桜・紅葉名所。「奈良曝」によると北天満町は大乗院領、中天満町は興福寺成身じようしん院領であった。「奈良坊目拙解」によれば元禄一一年(一六九八)の北天満町の家数二三、竈数四〇、中天満町の家数五三、竈数七四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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