北小曾木村(読み)きたおそきむら

日本歴史地名大系 「北小曾木村」の解説

北小曾木村
きたおそきむら

[現在地名]青梅市成木なりき

上成木かみなりき村・下成木村の南に位置し、南西部に雷電らいでん山、南東部に小沢こさわ峠がある。東方に南小曾木村があり、中世より小曾木郷などとみえている。慶長一八年(一六一三)二月、新開地の新町しんまち村への入村を求める幕府代官回状(「仁君開村記」吉野家文書)宛先に当村名がみえる。田園簿では高一四九石余(皆畑)幕府領、ほかに紙舟役永四三二文。これ以降も幕府領として推移したと考えられる。寛文八年(一六六八)の高麗郡三田領北小曾木村検地帳(青梅市史)では上畑二町余・中畑五町五反余・下畑八町一反余・下々畑三町七反余・切畑一五町八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む