北平山村(読み)きたひらやまむら

日本歴史地名大系 「北平山村」の解説

北平山村
きたひらやまむら

[現在地名]泉崎村北平山

泉(いずみ)川南岸に位置し、南から東にかけて関和久(せきわぐ)村、北は泉崎村に隣接する。東側に田地が開け、西側は木(き)ノ内(うち)山麓に接する。天正一八年(一五九〇)から会津領、寛永四年(一六二七)以降白河藩領。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高五五三石余。慶安三年(一六五〇)の本多忠義による検地では高六六九石余(白河古領村郷高帳)。庄屋は結城氏の遺臣を祖とする穂積家が勤めた。助郷は奥州道中小田川(こたがわ)(現白河市)、太田川(おおたがわ)・踏瀬(ふませ)、大和久(おおわぐ)(現矢吹町)の四宿に出役(嘉永四年「寄人馬四ヶ宿議定書」穂積家文書)。また水戸街道の川原田(かわらだ)宿(現中島村)・中畑(なかはた)宿(現矢吹町)にも出役した(安永七年「常陸街道助郷村々書上」小針家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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