北庄松本村(読み)きたのしようまつもとむら

日本歴史地名大系 「北庄松本村」の解説

北庄松本村
きたのしようまつもとむら

[現在地名]福井市松本・宝永(ほうえい)一帯

福井城下の東北部を占める。天正一五年(一五八七)五月吉日付堀秀重寄進状(簸川神社文書)に「北ノ庄松本、御供田之事、合一反、其字島田有之」とみえ、慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に村名が記され、高一八三一・〇一石とある。慶長六年の結城秀康入城による北庄城拡張工事により、田畑の約半分を埋めて一部は郭内侍屋敷、中心部分に松本六ヵ町を含めた松本町組、西隣する室(むろ)町組の大部、そのほか御旗(おはた)町・御駕(おかご)町などの足軽町に変貌した。しかし、正保郷帳には松本町高一六二〇・五石(田方八三二石余・畠方七八七石余)と記し幕末まで変わらない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む