北玄蕃町(読み)きたげんばちよう

日本歴史地名大系 「北玄蕃町」の解説

北玄蕃町
きたげんばちよう

上京区廬山寺通千本東入

町の中央を東西に廬山寺(ろざんじ)通が通り、南側は一部が千本(せんぼん)通に面する。

寛永一四年(一六三七)洛中絵図では、町の西は伏見宮所領の御公儀藪地が五〇間四方を占め、その中を通る道路沿いに一三間四方の町屋がみられる。「坊目誌」には、町の北側は青蓮(しようれん)院(現東山区)領で、明治二年(一八六九)両所とも民有地となり、人家が建て込むようになったとある。

町名は寛永一四年洛中絵図に「野口前丁」とみえる。当地の北に愛宕(おたぎ)郡野口(のぐち)村(現北区)が位置していたことによる呼称であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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