北萩原村(読み)きたはぎわらむら

日本歴史地名大系 「北萩原村」の解説

北萩原村
きたはぎわらむら

[現在地名]北区淡河町萩原おうごちようはぎわら

美嚢みなぎ郡に属する。淡河川右岸に位置し、西は淡河町有馬ありま街道が通る。古くは南萩原村と一村で、元禄郷帳に「古ハ萩原村」と注記されて村名がみえ、高三四一石余。天保郷帳によると高三七五石余。領主変遷は南萩原村に同じで淡河組に所属。享保年間(一七一六―三六)の「明石記」によると人数二三五・家数四五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む