日本歴史地名大系 「北蚊野村」の解説 北蚊野村きたかのむら 滋賀県:愛知郡秦荘町北蚊野村[現在地名]秦荘町蚊野(かの)南安孫子(みなみあびこ)村の南東にあり、北は岩倉(いわくら)村、南は蚊野外(かのとの)村。古代には蚊野郷の一部と推定され、天平宝字六年(七六二)五月一日に蚊野郷の租米は造石山寺所に送られた(「近江国符案」正倉院文書)。中世は香(こう)庄の一部と推定され、山城醍醐寺領二〇〇石があった(醍醐寺文書)。天正一九年(一五九一)五月の愛知郡蔵入目録(芦浦観音寺文書)に「北かのゝ庄」一千三三八石余とある。ほかあぶら分の小物成として「北かの」とみえ高三升。早くから当地で油を産していたことを示す。慶長五年(一六〇〇)彦根藩領となり、慶長高辻帳に北加野村とみえ高一千五一一石余、うち小物成三石余。文久二年(一八六二)上知。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by