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北野鞠塢 きたの きくう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北野鞠塢 きたの-きくう

1762-1831 江戸時代後期の本草家。
宝暦12年生まれ。江戸で骨董(こっとう)店をひらく。文化元年加藤千蔭(ちかげ)ら文人の協力をえて向島寺島村に花木や草花をあつめ,向島百花園をひらいた。天保(てんぽう)2年8月29日死去。70歳。陸奥(むつ)仙台出身。本姓は佐原。名は秋芳。著作に「春野七草考」「都鳥考」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

北野鞠塢

没年:天保2.8.29(1831.10.4)
生年:宝暦12(1762)
江戸後期の文人,本草家。姓は佐原,幼名は平八。仙台に生まれ,天明年間(1781~89)江戸に出て中村座の芝居茶屋に奉公。のち日本橋住吉町に骨董屋を開き財をなし,北野宇兵衛,菊屋宇兵衛のち剃髪して鞠塢などと称する。文化1(1804)年所払いとなり,向島寺島村に3000坪の土地を買い百花園を営む。加藤千蔭,村田春海,大田南畝,亀田鵬斎,大窪詩仏ら著名な文人の協力により,梅樹を植え文人趣味の作庭の名園とする。『都鳥考』で墨田川の都鳥は鴎の一種と説く。<著作>『春野七草考』『秋野七草考』『群芳暦』『墨水遊覧誌』<参考文献>上野益三『日本博物学史』

(遠藤正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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