北領家村・南領家村(読み)きたりようけむら・みなみりようけむら

日本歴史地名大系 「北領家村・南領家村」の解説

北領家村・南領家村
きたりようけむら・みなみりようけむら

[現在地名]大野町領家(りようけ)

八木(やぎ)村の東に位置する。北は大衣斐(おおえび)村。天正一四年(一五八六)正月日の稲葉一鉄初尾奉納目録写(稲葉家譜)に大衣斐郷に続いて記される「同所領家」一〇〇疋は当地と考えられる。慶長郷帳および元和二年(一六一六)の村高領知改帳には「りやうけ村」などとみえ、高五一二石余で西尾嘉教(揖斐藩)領。正保郷帳でも領家村と記され、旗本西尾盛教領、田四八三石余・畑二九石余。元禄郷帳では二村に分れ、北領家村・南領家村ともに高二五六石余で、いずれも西尾領。明治二年(一八六九)の村明細帳によれば、北領家村は家数二〇・人数六三、馬六。寺はなく、神社は影汲(かげくみ)大明神・御鍬(おくわ)大明神。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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