医学館跡(読み)いがくかんあと

日本歴史地名大系 「医学館跡」の解説

医学館跡
いがくかんあと

[現在地名]中区錦二丁目

享保一〇年(一七二五)尾張家に招かれ禄四〇〇石を給与、侍医となった浅井董太郎の宅にあった(尾州諸家系図集)。山海の鳥獣・虫・魚・草木・玉石銅鉄などの珍品をはじめ、東洋西洋物産を集め、一万余種に及んだ。毎年六月一〇日に薬品会を開催、市民の観覧に供した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む