医王寺不動堂(読み)いおうじふどうどう

日本歴史地名大系 「医王寺不動堂」の解説

医王寺不動堂
いおうじふどうどう

[現在地名]下館市岡芹

岡芹おかぜり西部にあり、明治初期に廃寺となった天台宗の月海山観喜院医王寺の不動堂。医王寺の開山開基は月海法印佐藤英信とされる。英信は屋島合戦で主君義経の矢面に立ち、能登守教経の矢を受けて戦死した佐藤継信の子孫である。英信は継信の戦地視察のため回国の途上、永仁三年(一二九五)当地に薬師堂を建て、瑠璃光如来を安置する。さらに医王寺を建立して、自らは月海法印と称して寺を守ったといわれる(下館町郷土史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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