十日町東(読み)とおかまちひがし

日本歴史地名大系 「十日町東」の解説

十日町東
とおかまちひがし

[現在地名]鶴岡市昭和町(しようわまち)・神明町(しんめいちよう)

十日町の東の木戸の東側に続く。寺社境内地がほとんどを占め、他は給人地・町人地が混在する。延宝六年(一六七八)の城下絵図では七〇間とある。明治一三年(一八八〇)十日町に合併。西方北側にある曹洞宗洞泉(とうせん)院は慶長元年(一五九六)の創建と伝える。延享四年(一七四七)境内に土蔵を建て三十三観音を安置した(大泉掌故)。明治一三年大火で類焼、その後再建された。境内に致道(ちどう)館祭酒を勤めた儒者石川朝陽(天保六年没)の墓がある。同寺南側にある曹洞宗福寿(ふくじゆう)寺は天文年間(一五三二―五五)の創建と伝え、寛永一八年(一六四一)島(しま)村二石余の地を替地として与えられ、現在地へ移転してきた(同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む