千住名(読み)せんじゆみよう

日本歴史地名大系 「千住名」の解説

千住名
せんじゆみよう

紀伊国に散在する名で、平安期は国衙の在庁官人の名であったと思われる。そのうち一ヵ所は後述の史料により和佐わさ庄内にあったことがわかる。正応六年(一二九三)六月二七日付関東御教書案(歓喜寺文書)に「紀伊国千住名地頭代景親申、散在名々事」とみえる。

康永元年(一三四二)六月二六日付足利尊氏名田寄進状写・同日付足利将軍家御教書写(森家文書)によると、尊氏が日高郡川上かわかみ庄の替えとして北条氏得宗領であったと思われる「紀伊国千住名遠江式部大夫(北条高房カ)跡」を、建武四年(一三三七)六月一三日に「子守三所」に寄進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む