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千阪高雅 ちさか・たかまさ

朝日日本歴史人物事典の解説

千阪高雅

没年:大正1.12.3(1912)
生年:天保12.閏1.19(1841.3.11)
明治期の官僚。米沢藩(山形県)家老千阪高明の子。幼名は浅之助,雅号は梁川。幕末に興譲館で学んだのち,藩主上杉斉憲の洛中警備に従った。帰藩後興譲館の学頭となり,さらに慶応2(1866)年国家老に就任。軍制改革に尽力し薩長方についたが,のちに武力による倒幕に反発し藩論を佐幕に統一した。維新後米沢藩軍務総督として降伏し謹慎。のち明治3(1870)年同藩大参事に就任した。4年上杉茂憲に随行して養蚕製糸調査のためフランス,イタリアに留学。帰国後内務省に出仕し石川県令,岡山県令などを歴任。伊藤博文に陸羽人中の人材と評された。29年勅選貴族院議員。<参考文献>大岡力『地方官人物評』

(長井純市)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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