半城土村(読み)はじようどむら

日本歴史地名大系 「半城土村」の解説

半城土村
はじようどむら

[現在地名]刈谷市半城土町

野田(のだ)村の西にある。半昌土・繁昌土とも記す。西裏(にしうら)に、弥生後期の半城土貝塚がある。鎮守の天満(てんまん)神社は寛徳元年(一〇四四)三右衛門が創立したという棟札を所蔵する。その社坊の一つといわれる十応(じゆうおう)寺は、もと法相宗で寺格も高かったが、中世の戦乱によって衰え、寺領を失って宇治萬福(まんぷく)寺(現京都府宇治市)の末寺となったと伝え、今は堂宇のみ残す。西屋敷(にしやしき)に地頭(じとう)とよぶ地がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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