南中津原村(読み)みなみなかつはらむら

日本歴史地名大系 「南中津原村」の解説

南中津原村
みなみなかつはらむら

[現在地名]北勢町南中津原

平野(ひらの)新田の東に位置する。桑名藩領。元禄郷帳・天保郷帳に「北中津原村枝郷」と注記がある。また、「五鈴遺響」に「北中津原ノ南ニアリ、山間ニ民居ス、北ニ対シテ南ニ居ス故ニ名ク」とある。「北勢町風土記」では分離の年を寛永一三年(一六三六)としている。天明四年(一七八四)手控帳には田六町四反余、畑一二町四反余とあり、畑のほうが広い。

文政一〇年(一八二七)の桑名領郷村案内帳には、家数七九、人数三〇三、馬四、牛三一。村内猪鹿除け構長七〇〇間ほど、神祠に牛頭(ごず)天王・神明宮・八幡宮・山ノ神・竜神社・香良須(からす)社、寺院に行順(ぎようじゆん)寺(真宗大谷派)と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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