南仏堂跡(読み)なんぶつどうあと

日本歴史地名大系 「南仏堂跡」の解説

南仏堂跡
なんぶつどうあと

香山寺(山)の麓にあり、前述の南仏を祀っていた。「南路志」に「香山寺八丁麓ニ一ノ王子ト並勧請 元禄二年退転」「本尊南仏上人弘安正応年間足摺山住持忠義和尚也」とある。「土佐物語」は長宗我部元親が「坂下の南仏堂に立入り給へば、老僧不動の絵像と、古き笈の背板を持出で、是れ当寺の宝物なりと申しけるを、其由来を尋ね給へば」として以下次のような由来を記す。一条天皇の頃、宮中の左近の桜、右近の橘が同時に枯れたので諸国から有験の僧を召して祈らせたが効果はなかった。「当国蹉山の住侶南仏上人、寺山の山伏南光坊」の二人が供も連れず、自ら笈を背に上京、祈ったところ枯れた二木はたちまちよみがえった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 内刳り 所望 胎内

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む