南伝法寺村(読み)みなみでんぽうじむら

日本歴史地名大系 「南伝法寺村」の解説

南伝法寺村
みなみでんぽうじむら

[現在地名]紫波町南伝法寺

東根あずまね山・田沢たざわ山から東方に連なる山間部と平坦地を占める。南は小屋敷こやしき村・下松本しもまつもと村、東は太田おおた(現矢巾町)、北は室岡むろおか村・岩清水いわしみず村・和味わみ(現矢巾町)。もとは北方北伝法寺村(現矢巾町)とともに伝法寺村と称された。年未詳一〇月六日の南部信直書状(五戸木村文書)に伝法寺とみえ、当地が板商売に深くかかわっていたことがわかる。「雑書」寛永二一年(一六四四)四月一五日条によれば、伝法寺村を知行していた津村又五郎の子の家に盗賊が押入った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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