南牧関所跡(読み)なんもくせきしよあと

日本歴史地名大系 「南牧関所跡」の解説

南牧関所跡
なんもくせきしよあと

[現在地名]南牧村砥沢

中山道脇往還の信州道(信州側では富岡道・下仁田街道とよぶ)下仁田しもにた(現下仁田町)から分岐する南牧道に設けられた。開設期は文禄二年(一五九三)で、羽沢はざわ村の市川氏が関守を命じられたことに始まる(「諸事之覚書帳」今井文書)。関守の市川氏は五郎兵衛の代に至り、居を信州佐久さく郡に移し、七〇〇町歩余の五郎兵衛ごろべえ新田(現長野県北佐久郡浅科村)の開拓などを行っている。享保一四年(一七二九)の覚(同文書)によると寛文一〇年(一六七〇)に実子市川四郎兵衛が関守として羽沢村に戻っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む