南牧関所跡(読み)なんもくせきしよあと

日本歴史地名大系 「南牧関所跡」の解説

南牧関所跡
なんもくせきしよあと

[現在地名]南牧村砥沢

中山道脇往還の信州道(信州側では富岡道・下仁田街道とよぶ)の下仁田(しもにた)村(現下仁田町)から分岐する南牧道に設けられた。開設期は文禄二年(一五九三)で、羽沢(はざわ)村の市川氏が関守を命じられたことに始まる(「諸事之覚書帳」今井文書)。関守の市川氏は五郎兵衛の代に至り、居を信州佐久(さく)郡に移し、七〇〇町歩余の五郎兵衛(ごろべえ)新田(現長野県北佐久郡浅科村)の開拓などを行っている。享保一四年(一七二九)の覚(同文書)によると寛文一〇年(一六七〇)に実子市川四郎兵衛が関守として羽沢村に戻っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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