南笠村(読み)みなみがさむら

日本歴史地名大系 「南笠村」の解説

南笠村
みなみがさむら

[現在地名]草津市南笠町

野路(のじ)村の南、狼(おおかみ)川流域に位置。中央を南北に東海道が通り、東部の丘陵地と西部の平地からなる。元亀三年(一五七二)南笠惣代は一向一揆に内通しない旨の起請文を出している(→草津市)。天正一一年(一五八三)八月の浅野長吉知行目録(浅野家文書)に「南かさ」五六七石とある。寛永石高帳では高六三九石余、膳所藩領と伊勢菰野藩領。両藩では免などが異なり、延享元年(一七四四)の菰野藩領の免状(田村文書)によれば免三ツ八分二厘。草津宿の助郷。元禄三年(一六九〇)矢橋(やばせ)村地先の沢(さわ)の池(いけ)の新田開発が野路村・大萱(おおがや)村百姓や当村善之助ら三人に認められたが、矢橋村は自村で開発すると主張、翌四年沢の池の開発は矢橋村が行い、善之助らには相応の開発場所を申付けることになった(膳所領郡方日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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