南鐙坂村(読み)みなみあぶざかむら

日本歴史地名大系 「南鐙坂村」の解説

南鐙坂村
みなみあぶざかむら

[現在地名]十日町市南鐙坂・真田(さなだ)

高島(たかしま)村の北。集落は信濃川の河岸段丘上の信州道沿いにある。集落は北の北鐙坂村とともに初めは柳島(やなぎしま)にあったが、嘉暦三年(一三二八)の洪水で姥沢(うばさわ)に転じ、文禄元年(一五九二)の水害で現在地に移ったと伝える(中魚沼郡誌)。天保郷帳によると、南鐙坂村と中手(なかて)村の二村からなる。中手は西方山間部にある。正保国絵図に高七一石余。元禄七年(一六九四)の妻有組村名書上帳(福原氏蔵)によると、延宝六年(一六七八)に南鐙坂新田が開発された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む