南高須町(読み)みなみたかすちよう

日本歴史地名大系 「南高須町」の解説

南高須町
みなみたかすちよう

[現在地名]堺市南旅篭みなみはたごひがし一丁・南半みなみはんひがし一丁

南旅籠みなみはたご町と南半町の東にある南北に細長い町で、大道の東一筋目の東六間ひがしろつけん筋を挟む両側町。町名は北組六間町の別名北高須町に対するもの。乳守ちもりまたは津守つもりともいい、六間町とともに官許の遊所であった。乳守は南宗なんしゆう寺に西接した臨江りんこう寺に祀られた小祠乳守宮による。元禄二年(一六八九)堺大絵図には南旅籠町側に「高須町」、南半町側に「高須半町」と記す。高須町が遊廓で南半町は揚屋町であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む