占守郡(読み)しゆむしゆぐん

日本歴史地名大系 「占守郡」の解説

占守郡
しゆむしゆぐん

明治九年(一八七六)設置の千島国の郡。千島列島の最北部、新知しむしる郡の北に位置し、北はカムチャツカ半島を望む。シャシコタン(捨子古丹)島・ハルムコタン(春牟古丹)島・オンネコタン(温禰古丹)島・マカンル(磨勘留)島・パラムシル(幌筵)島・アライド(阿頼度)島・シュムシュ(占守)島などからなる。一八五四年(安政元年)日露和親条約でロシア領とされたが、明治八年の樺太・千島交換条約により日本領となり、開拓使札幌本庁直轄になった。同九年一月占守郡を新設。同年の北海道大小区画制は採用されず、町村も設置されなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む