厚村(読み)あつむら

日本歴史地名大系 「厚村」の解説

厚村
あつむら

[現在地名]福知山市字厚・厚中町あつなかまち

福知山城下西方に位置し、弘法こうぼう川と西にし川の流域にあたる。集落は村の東部に南北に連なる親村の厚と、西端安尾やそお(茶臼山・城山ともいう)の東南麓に沿う子村の安尾の二ヵ所に分れる。厚村田圃と称し、水田や桑畑が広がっていたが、連年の由良川洪水で冠水の被害を受けることが多かった。とくに東部の方がはなはだしく、家屋は一、二メートルの石垣の上に地盛りして建てられ、村に避難用の舟を備えていた。

中世は和久わく庄の地。江戸時代の厚村については、「丹波志」に「厚村 支安尾 福智山領 高弐百七十七石」とある。慶長年中(一五九六―一六一五)の有馬検地の時、厚村の和泉新三郎は検地役人を殺し、自分も殺された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む