厚母村(読み)あつもむら

日本歴史地名大系 「厚母村」の解説

厚母村
あつもむら

[現在地名]豊浦町大字厚母郷(あつもごう)

現豊浦町の南端に位置し、南は梅(うめ)ヶ峠(とう)で永田郷(ながたごう)(現下関市)、北から東にかけては黒井(くろい)村、西は室津上(むろつかみ)村に接する。三方を丘陵に囲まれた海のない村で、北流する厚母川の谷にある小平地に集落があり、川沿いに萩城下と赤間関(あかまがせき)(現下関市)を結ぶ本街道(北浦道筋)が通る。長府藩領で西豊浦郡中支配に属する。

村内にあった厚母八幡宮(現在は黒井杜屋神社に合祀)の棟札に「天永三年壬辰九月十八日奉再建、八幡宮本社拝殿願主公教」とあり、ほかに応安三年(一三七〇)、文明七年(一四七五)の棟札もある。もしこの棟札が信じられるとすれば平安時代後期には鎮座し再建されていたことになり、古くから開けた村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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