厚狭庄(読み)あさのしよう

日本歴史地名大系 「厚狭庄」の解説

厚狭庄
あさのしよう

現山陽町大字鴨(かも)ノ庄(しよう)辺りを荘域とすると思われる山城国賀茂御祖(かもみおや)神社(現京都市左京区の下鴨神社)の社領。

「百錬抄」の寛治四年(一〇九〇)七月一三日条に、堀河天皇が御供田として賀茂上下両社に六〇〇余町の不輸租田を寄付したとあり、また「賀茂社古代庄園御厨」によれば、同日付で賀茂御祖神社へ寄付された荘園御厨のなかに「長門国厚狭庄 公田三十町」がある。

この「厚狭庄」が神社名によって鴨庄となったらしく、地名としても長く残った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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