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賀茂御祖神社 かもみおやじんじゃ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

賀茂御祖神社
かもみおやじんじゃ

京都市左京区下鴨泉川町に鎮座する元官幣大社。通称下鴨神社(下社)。賀茂別雷神社上賀茂神社,上社)と合わせて賀茂神社と総称される。山城国一宮。二十二社の一つ。カモワケイカズチノミコト(賀茂別雷命)の母タマヨリヒメノミコト(玉依媛命)および外祖父カモタケツヌミノミコト賀茂建角身命)をまつる。

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デジタル大辞泉の解説

かもみおや‐じんじゃ【賀茂御祖神社】

京都市左京区下鴨にある神社。旧官幣大社賀茂別雷命(かもわけいかずちのみこと)の母玉依姫命(たまよりひめのみこと)と外祖父賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)を東西に祭る。東本殿、西本殿はともに国宝。平成6年(1994)「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産文化遺産)に登録された。下鴨神社。山城国一の宮。→賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)

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百科事典マイペディアの解説

賀茂御祖神社【かもみおやじんじゃ】

京都市左京区下鴨泉川町に鎮座。上賀茂社(賀茂別雷(わけいかずち)神社)に対して下鴨神社ともいう。旧官幣大社。玉依姫(たまよりひめ)命とその父賀茂建角身(かもたけつのみ)命をまつる。
→関連項目葵祭上賀茂六郷賀茂神社京都[市]古都京都の文化財(京都市,宇治市,大津市)左京[区]下鴨

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デジタル大辞泉プラスの解説

賀茂御祖(かもみおや)神社

京都府京都市左京区にある神社、下鴨神社の正式名。

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世界大百科事典 第2版の解説

かもみおやじんじゃ【賀茂御祖神社】

京都市左京区下鴨泉川町に鎮座。祭神は賀茂建角身(たけつのみ)命と玉依媛(たまよりひめ)命。通称下鴨神社。賀茂別雷(わけいかずち)社より新しく,750年(天平勝宝2)に御戸代田1町を寄せられたのが史料上の初見。ついで765年(天平神護1)に山城,丹波で神封20戸を寄せられた。長岡京遷都につづく平安遷都によって,王城鎮守の神として脚光をあび,806年(大同1)には賀茂祭(葵(あおい)祭)が勅祭となり,810年(弘仁1)の嵯峨天皇の皇女有智子内親王以来,歴代内親王が斎王として祭りに奉仕する斎院の制がはじまり,後鳥羽上皇の代まで続いた。

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大辞林 第三版の解説

かもみおやじんじゃ【賀茂御祖神社】

京都の下鴨しもがも神社の正式名称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

賀茂御祖神社
かもみおやじんじゃ

京都市左京区下鴨(しもがも)泉川町に鎮座。通称下鴨神社。賀茂皇大神(すめおおかみ)、東殿に玉依媛命(たまよりひめのみこと)、西殿に賀茂建角身(たけつのみ)命を祀(まつ)る。玉依媛命は賀茂建角身命の娘で、賀茂別雷(わけいかずち)神社(上賀茂神社)祭神の母。鎮座年代は不詳。桓武(かんむ)天皇の平安遷都後、上賀茂社とともに崇敬され、山城(やましろ)国一宮(いちのみや)となる。明治の制で官幣大社。東西の本殿は国宝。1994年(平成6)、世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産。京都の文化財は清水寺など17社寺・城が一括登録されている)。例祭5月15日は葵祭(あおいまつり)で名高い。[鎌田純一]

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世界大百科事典内の賀茂御祖神社の言及

【葵祭】より

…賀茂祭ともいい,京都の賀茂別雷(わけいかずち)(上賀茂)神社,賀茂御祖(みおや)(下賀茂,下鴨)神社の両社の例祭。祭りに参加する斎院をはじめ勅使らが葵の蔓(かずら)を身につけることからこの名を称した。…

【賀茂社遷宮記】より

…京都の上下賀茂社,すなわち賀茂別雷(わけいかずち)神社,賀茂御祖(みおや)神社の遷宮についての記録の総称。賀茂社の遷宮は,社伝で680年天武天皇のときに始まるというが,平安時代よりの記録をみると,およそ20~30年ごとにあり,なかの1711年(正徳1)《正徳造営遷宮記》,41年(寛保1)《賀茂下上社正遷宮以下雑記》など,いずれも木造始,立柱,上棟などの行事とともに,諸入用,普請奉行,また殿内調度などまで詳記している。…

【神社建築】より

…これは熊野神社系の本殿に多く用いられている。
[流造]
 京都の鴨川の流れに沿って鎮座する賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(上賀茂)と賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨)は,平安遷都後,王城鎮護の神として崇敬を集めたが,歴史に登場するのは7世紀末からである。両社の本殿形式,規模はほとんど同じで,切妻造平入りの前方の屋根をそのまま延長して庇とする(図5)。…

【津野荘】より

…京都の賀茂御祖神社(鴨社)社領。土佐国高岡郡吾井郷津野保(現,高知県須崎市吾井郷)に1100年(康和2)立荘。…

【長洲御厨】より

…神崎川河口一帯の港津を管理する検非違使庁も,長洲住民に庁役を課していた。庁役の免除を得るため,住民は関白藤原教通や小野皇太后宮職など権門の散所(さんじよ)となり,1084年(応徳1)日次御贄の鮮魚を求める賀茂御祖神社の御厨となった。根本住人38人といわれたが,庁役・国役免除のため各地からの移住者が多く,1118年(元永1)賀茂社が編成した結番では,鮮魚貢進の神人(じにん)300人以下計500人の住人がみられる。…

【御厨】より

…古代・中世の皇室や伊勢神宮などの大神社に付属する,食料品調達にかかわる所領。平安時代末から鎌倉時代ごろには荘園とほとんど変わらないものとなったが,本来は荘園のような所領ではなく,厨は台所を意味し,むしろ供御(くご)物や神饌を調達するために,皇室や神社に所属した山民・海民集団の構成する機関とでもいうべき実態のものであった。御厨の名称は文献上では8世紀末ごろから見られるが,近江国筑摩(つかま∥ちくま)御厨のように天智天皇時代に建立されたという伝承をもつものもあり,実際にはもっと古くから存在していたと考えられる。…

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