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原玄琢 はら げんたく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

原玄琢 はら-げんたく

1631-1718 江戸時代前期-中期の医師。
寛永8年生まれ。隠岐(おき)(島根県)の人。京都で医学の修業中に吉野の植林をみる。帰郷後,医業のかたわら杉の育成法を研究,造林を提唱した。その遺志は藤野孫一らにうけつがれ美林がそだてられた。享保(きょうほう)3年5月20日死去。88歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

原玄琢

没年:享保3.5.20(1718.6.18)
生年:寛永8(1631)
江戸前・中期の医師,造林提唱者。隠岐国(島根県)周吉郡元屋村の庄屋の家に生まれる。京都で医学の修業中に吉野山を訪れ,その美林と林業という業種のあるのを知った。帰国後は医業のかたわら,杉,檜の森林経済の方策を提唱し,自らは吉野杉の種子を蒔いてその成育の良好なことを確かめた。当時の村人は植林効果が理解できず,玄琢自身も老齢のため造林に至らなかったが,玄琢の提唱を受けとめた隣村布施村の青年藤野孫一らによって,およそ半世紀後に造林は成功し,今日の布施村美林の源を作ることになった。<参考文献>米田正治『島根県医家列伝』

(松尾寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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