取組村(読み)とりくみむら

日本歴史地名大系 「取組村」の解説

取組村
とりくみむら

[現在地名]坂祝町取組

木曾川右岸河岸段丘上にあり、東は酒倉(さかぐら)村、西は勝山(かつやま)村、北は黒岩(くろいわ)村。郷部(ごぶ)山の南に位置する。慶長郷帳では鳥組村とあり高二〇三石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では幕府領。同五年尾張藩領となり、正保郷帳では田方八八石余・畑方一一五石余・山年貢二石余。明暦覚書では概高一七三石余、慶安四年(一六五一)の人数八六、馬一五。「濃陽志略」の家数五〇・人数二九〇。「濃州徇行記」の家数六二・人数三〇〇余、馬六。中山道筋に民家が立並び、高の割には人も多く田地不足のため農業のほか船稼または街道往還荷持などをして渡世の助けとしている。船は一二艘ある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む