古志町(読み)こしちよう

日本歴史地名大系 「古志町」の解説

古志町
こしちよう

[現在地名]出雲市古志町・下古志町・塩冶町南町一―四丁目

古志村の北部に形成された町場。鎌倉時代中頃から関ヶ原の戦までのおよそ三五〇年間の古志氏一二代にわたる城下町市場町で、この地方屈指の歴史をもつ町であった。古志氏は浄土寺山じようどじやま城の真北に居館を設け、その北・西に家臣が武家町をつくり、その北の山陰道沿いに商人が市場をつくっていた。これが八日市(弘法寺より東)・三日市(弘法寺より西)であり、西端に固めの陣屋大門を設け、武士が市場町の取締に当たった。宝暦四年(一七五四)の神門郡北方万指出帳(比布智神社文書)に町屋敷三九・人数二三四と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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