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古満寛哉 こま・かんさい

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朝日日本歴史人物事典の解説

古満寛哉

没年:天保6.4.9(1835.5.6)
生年:明和4(1767)
江戸後期の蒔絵師。本名は坂内重兵衛古満巨柳の門人となって頭角を現し,古満の姓を許される。晩年には坦叟あるいは坦哉と号したという。現在,寛哉作を称する作品は多いが,いずれも確証はなく,その作風は明らかではない。ただ,古満派の蒔絵師の例にもれず,印籠を中心に制作を行っていたことは確かで,「寛哉」銘の印籠が巷間に数多く伝えられている。代表作は,竹塗に蝉を蒔絵した「竹蝉蒔絵印籠」(東京国立博物館蔵)など。なお,明治漆工界の大御所として知られる柴田是真は,この寛哉の弟子筋に当たる。<参考文献>風俗絵巻図書刊行会編『蒔絵師伝・塗師伝』,『古満家系図』

(小松大秀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の古満寛哉の言及

【古満家】より

…江戸時代の蒔絵師の家系。初代は休意(?‐1663)。1636年(寛永13)徳川家光に召され御抱蒔絵師となり,江戸城内紅葉山の仏殿に蒔絵をして大いに褒められた。彼の作に〈柴垣蔦蒔絵硯箱〉(東京国立博物館)がある。子孫は江戸末期まで12代におよび,代々の作風を古満蒔絵とよぶ。その作風は幸阿弥蒔絵と異なり,幸阿弥家では古満家を道楽蒔絵と軽んじた。古満家は時代の流行にそった変化ある態度で製作し,品格を第一として静的で保守的な作風の幸阿弥家とあいいれなかったといえよう。…

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