江戸中期の天文暦学者。豊後(ぶんご)国(大分県)杵築(きつき)の儒者綾部安正(あやべやすまさ)(絅斎(けいさい))の四男に生まれる。名は妥彰(やすあき)、字(あざな)は剛立。璋庵(しょうあん)(正庵)と号した。幼年より天文を好み、独学でその道に通じ、かたわら医術を修め、1767年(明和4)藩侯(はんこう)の侍医となった。しかし天文暦学に専心できないので、辞職を願うこと三たびに及んだが許されず、1772年(安永1)大坂へ脱藩、姓を麻田と改め、医を生業としながら暦学の研究に没頭した。天明年間(1781~1789)の初め、大坂本町四丁目に居を構え、先事館と称し子弟を教育した。自ら測器をくふう改良、日夜観測に従事し、家暦『時中法』を作製した。1786年(天明6)正月朔(ついたち)の日食が、官暦よりも『時中法』による推算のほうがよく適中し、剛立の名声をますますあげることになった。1795年(寛政7)幕府で改暦の議があり、剛立を起用しようとしたが応ぜず、弟子の高橋至時(たかはしよしとき)、間重富(はざましげとみ)を推挙した。1798年初めごろから老衰がしだいに加わり、翌寛政(かんせい)11年5月22日没した。66歳。浄春寺(大阪市天王寺区夕陽ヶ丘)に葬。門下からは高橋、間をはじめ西村太冲(にしむらたちゅう)(1767―1835)、足立信頭(あだちしんとう)ら著名の士が輩出した。剛立自身の書いたものは残っていないが、弟子たちの遺著によってその業績を知ることができる。『時中法』のもととなった『実験録推歩法(じっけんろくすいほほう)』『消長法』はことに有名で、そのほか『弧矢弦論解(こしげんろんかい)』『以月景推日食法(げっけいをもってにっしょくをおすほう)』『五星距地之奇法(ごせいきょちのきほう)』などがある。剛立には子がなく、長兄妥胤(やすたね)(1720―1782)の第3子直(なおし)(立達(りゅうたつ)。1771―1827)を養嗣子とした。直は望遠鏡の玉磨きで優れた腕をもっていた。
[渡辺敏夫]
豊後国杵築藩の儒医綾部安正の四男,名を妥彰(やすあき)といい正庵と号した。幼いときから天文に関心をもちその神童ぶりについての逸話も多く残っている。医術をよくし,召されて藩医の末席にあったとき,藩主の瀕死(ひんし)の急病を自らくふうした薬を用いて救い,そのためかえって先輩医師らの嫉視(しつし)を買い,ついに脱藩して大坂に赴いた。39歳のころである。大坂では医術で生計を立て,やがて先事館という私塾を開き高橋至時,間重富,足立信頭,山片蟠桃,西村太仲,坂正永ら多数の優秀な弟子を育て麻田派天学の名を天下にあげた。寛政改暦の高橋至時,間重富をはじめ幕末まで天文方として業績をあげたのはすべて麻田派の流れをくむものであった。剛立は老齢であったため寛政改暦には直接加わらなかったが,その陰の功労者として幕府より白銀5枚の賞を受けた。剛立は天文常数の永年変化を提唱し,それは〈消長法〉として弟子たちに称揚されたが,結果は失敗であった。またケプラーの第3法則を独立に発見したと,これも弟子によって伝えられたが,現在では剛立の独立発見は疑われている。しかしそれらは多くの俊秀を育てた剛立の人格,力量に対する評価を下げるものではない。剛立は医学の研究にも熱心で,人体解剖の許されなかった当時,犬猫を用い科学的実証主義に徹して,その内臓を調べ人間のそれとの関連を研究するなど,日本の解剖学史上にもその名をとどめている。
執筆者:内田 正男
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1734.2.6~99.5.22
江戸中期の天文学者・医師。豊後国杵築(きつき)藩の儒者綾部絅斎(けいさい)の子。名は妥彰(やすあき),剛立は号。幼時から天文を好み独学で研究を積んだ。その間に医術を修め,1767年(明和4)藩医。辞職を許されず脱藩し,大坂に出て麻田と改姓。医師を生業とし,暦学研究に没頭した。家暦「時中法」を作成し,官暦よりも正確であることから名声があがった。95年(寛政7)幕府改暦で招請されるが応じず,門下の高橋至時(よしとき)・間(はざま)重富を推挙した。遺著「実験録推歩法」「消長法」。
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…授時暦は江戸期の日本でさかんに研究され,建部賢弘の《授時暦諺解》が有名である。渋川春海は授時暦によって貞享暦(1685)を作り,麻田剛立は消長法を一般化させた。【橋本 敬造】。…
※「麻田剛立」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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