吉和漁師町(読み)よしわりようしまち

日本歴史地名大系 「吉和漁師町」の解説

吉和漁師町
よしわりようしまち

[現在地名]尾道市東元町・吉和西元町・正徳町

吉和川河口付近に成立した漁村。吉和村に含まれていたが、「芸藩通志」では畝数五反六畝余、高六・二四八石と別に高付され、戸数・人口は塩浜を合わせて一九〇戸・一千九三人。町の北側に、文禄元年(一五九二)桂岩開基の寿量山阿弥陀あみだ(妙音寺の出張所)があると記す。「国郡志下調書出帳」によると、漁師町は東西一町五一間・南北三二間、屋敷地の高六・二四八石、免六六・一パーセントで定物成四・二一三石、総家数一六九のうち、漁師一三五軒・商家五軒・百姓五軒・浮過一五軒などとあり、漁船一三一艘(二端帆)、諸入役には予州岩城いわぎ(現愛媛県越智郡)漁場運上銀などがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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